説教要旨 ヨシュア1・5−9
エフェソ6・10−13
2026.5.24
「強くなりなさい」
今日の説教の結論は、6・10「最後に言う。主により頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。」
1.この手紙を終えるにあたり、パウロはなぜこの「強くなりなさい」と語ったのでしょうか。今日は教会の暦で、聖霊降臨日、ペンテコステの礼拝となりました。
キリストは生前、弟子たちに「しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きておるので、あなたがたも生きることになる。」「わたしはあなたがたをみなしごにはしておかない。」「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は真理の霊である。世はこの霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。あなた方はこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからもあなたがたの内にいるからである。」(ヨハネ14章)。肉のキリストが十字架の上で取り去られることをキリスト御自身は知っておられた。地上に弟子たちだけが取り残される日が来る。それだけでなく、弟子たちがこの世の攻撃や迫害を受けるようになることも見通しておられた。しかし、キリストはあなたがたを捨てて孤児とはしない、と約束した。それが実現された日がペンテコステである。パウロがこのエフェソの信徒への手紙を書いたのは、イエスから約30年後パウロがローマの獄中にいた時であったろう。当時ますます教会に対する攻撃や迫害が強まっていたであろう。13節には「邪悪な日」(悪しき日、口語訳)とあり、そのような中にあっても、弱り果てることなくしっかりと立つことを強調した。
2.初代教会は当時貧しく弱い集団でしかなかった。しかし聖書は「最後にもう一度言う」。「主に依り頼み」「その偉大な力によって強くなりなさい。」主により頼み、とは今までも繰り返し語られたように、元の言葉では、「主にあって」、「主において」「主の力の中で」、自分たち自身の力を絞り出して、かろうじてではなく、主イエス・キリストの偉大な力の中で。1・19「わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、神はその力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させた」。あの主キリストの内に働く神の力によって、その偉大な力にあって、あなたがたもキリストに結ばれているもの(6・1)として、キリストに従う者として(6・5)主に仕えるものとして、主により頼み、その偉大な力によって、強くなりなさい。主によって強くなるのは、われわれ自身だろうか。確かにそういう面がある。しかし、主から離れたら、その力はなくなってしまう。強いのは、われわれではなく、主御自身である。文語訳聖書は「終わりに言わん。汝ら主にありて其の大能の勢威(いきほい)に頼りて強かれ」。神の全能の勢威(いきほい)、勢力、力と勢いに満ちた神の力を表している。神はこの地球を、宇宙を、万物をその御手によって創造された。無から有を創造された御力。驚くべき神の力。死人を復活させた神の全能の力によって強くなれ。
3.「主にあってその偉大な力によって強くなりなさい」この10節のところを、次のように訳した方がいるというのを読んで驚いた。「神の全能、我らの無能」という訳である。こんな解説をつけている。「多くの肉的なクリスチャンは自分の力の不足を神に期待する。しかし真のクリスチャンは自分の無能に徹し、全く空しくなって全能の神にわたしのすべてとなっていただくことである。」(森山諭)。徹底して、人間の側は全く空しくなって、いわば人間はゼロになって、神の全能が100となったときに、始めて人間は強くなることができる。そのことがなぜ必要なのかが、次に明らかにされる。11節 なぜなら悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。悪魔は12節であげられている4つの働き全てをまとめて言う言葉である。わたしたちの戦いは血肉、すなわち人間を相手にするものではなく、人間の背後にあって人間を支配している支配、これは文語訳では政治まつりごと。権威、この世の暗黒を支配している力、天にいる悪の諸霊、そういったすべてを統括しているのが、悪魔(サタン)である。
4.悪魔(サタン)の働きは何であるか。イエス・キリストが宣教の初めに悪魔の試みに出会ったことが書いてある。1つは石をパンに変えて見よ。パンの問題(経済)がすべてである。2つ目は、悪魔はイエスを高く上げ一瞬の内に世界のすべての国々を見せて、この世の国々の全ての権力と繁栄はわたしに任されていて、これと思う人に与えることができる。わたしを拝むなら皆あなたにあげるといった。3つ目は、神殿の屋根の端に立たせて、ここから飛び降りて見よ、と言って奇跡を見せることを求めた(ルカ4・1−13)。イエスは神の言葉をもって、これらすべてを退けた。サタンは神を信じる信仰からから人間を引き離すことがその主な働きであった。パンの問題が全てであるということで、人間を不安にさせ神から引き離す。この世の国の権力(国家権力)が全てであることで人間を脅し神から引き離す。アッと人々を驚かす奇跡が全てである、といったこの世のいろいろの偶像をもって、人間から信仰を奪っていく。悪魔は狡猾な様々な策をもって人間を神礼拝から、神の言葉からわれわれを引き離していく。旧約のヨブ記には、サタンが神に対して、ヨブがあんなに信仰深いのは、神さまがヨブを甘やかしているからだ。ヨブから財産も、子供も取り上げれば、信仰を捨てるに決まっているといった。そこにサタンの策略があった。人間を病気にしてしまえば、神を信じることをやめてしまうだろう。その他様々なサタンの策略がある。そこに信仰の戦いがある。神の武具をもってでなければ、これに人間はいとも簡単に、誘惑に負けてしまう。主の祈りで主イエスから教えられている通りである。「試みにあわせず、悪〔悪魔〕より救い出だしたまえ」。日々この祈りを祈って行かねばならない。悪魔は正体を隠し、人間を誘惑し、罪へと引きづり込んでいく。「サタンでさえ光の天使を装うのです」(2コリント11・14)。パウロも様々なこの世の労苦を経験してきた。キリストはわたしたち人間が悪魔の策略に対抗するための、勝利の陣地となってくださった。「あなた方はこの世では悩みがある。しかし勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」(ヨハネ16・33)。
5.神はなぜこのような悪魔(サタン)の存在を許しておられるのか。なぜサタンを滅ぼさないのかという質問が出される。「カナダの東部から水揚げされた魚を水槽に入れ中部の水族館に運んだ。魚はすべて死んでしまった。そこで今度は水槽に魚と共に蛸を一匹ずつ入れた。すると蛸は魚を食べようとするが、魚はそれを逃れようとして逃げ回った。魚はへとへとに疲れていたが死ななかった。前回は魚はどうして死んだのか。水温は適温で敵はいない。「何と恵みれた天国よ」。安心しきった魚は健康に不調をきたし死んでしまったという。人間は自分の知恵や力ではこの世の悪に敗北してしまう。本当の勝利者キリストの偉大な力によって戦っていくとき、強く成長して神の国に迎えられる。「神は、悪の存在を許さぬよりも、悪から善を造り出すことを欲したもう」(アウグスチヌス)。
「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせる」(ヘブライ12・11)。
勝利者イエス・キリストに従い、今週も与えられた道を希望をもって歩んでいきたい。