説教要旨      詩篇22編1−19節          マタイによる福音書27章32−56節               2026.3.29
「赦しの代価」

今日の説教の結論は、マタイ27・50−51「しかし、再び大声で叫び、息を引き取られた。そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。」

1.イエスが十字架につけられた場所はゴルゴタ(されこうべの場所)と言われる、エルサレムの市の北城壁の外に人間の頭蓋骨のように見える二つの洞窟があり、そこに刑場があった。そこに3本の十字架が立てられた。主イエスを真ん中に、両側に二人の強盗が十字架につけられていた。その十字架の周りには、多くの人が集まっていた。
@ローマの兵士たちは、イエスの着ていた服を分け合うためにサイコロのようなものを投げて、そこに座って見張りをしていた。Aそこを通りかかった人々は、頭を振りながら言った。「神殿を打倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りてこい」。同じように、B祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱していった。「他人は救ったのに、自分は救えない。〔これが〕イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。」C一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。詩篇22・8「わたしを見る人は皆、わたしをあざ笑い、唇を突き出し、頭を振る。主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら、助けてくださるだろう」。またイザヤ書53・2「見るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ・・わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた」。人々にあざけられ、ののしられる、苦難のしもべの姿がここにあった。
 @〜Cに挙げた人々は皆立場は違うが、一様に、全く同じように、イエスを軽蔑し、 イエスの無力さをののしっていた。イエスはただひたすら、「苦役を課せられて、かがみこみ、口を開かなかった。屠り場に引かれていく小羊のように、彼は口を開かなかった。」(イザヤ53・7)。

2.これに対しイエスは、マタイ福音書とマルコ福音書によれば、「エリ(エロイ)、エリ(エロイ)レマ、サバクタニ」、この言葉だけを発せられた。これは主イエスが使っていたアラム語(ヘブライ語の方言)がそのままの形でここで残されている。その意味は「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。「当時の状況に身を置いて考えてみると、この叫びは敵対者に、絶好の攻撃目標を与えることになった。こんな悲鳴をあげて敗北の死を遂げた者がメシアであるはずはないという見方が、この世の論理としては強い説得力を持つからである。この結果を招くことを十分承知の上で、マルコとマタイが敢えてこれを記載したのは、いかなる理由によるのであろうか。これは事実の忠実な報道であることが確実に推論できる。この叫びの背後に、福音書記者はいかなる事態を見据えていたのか、ということが問題となる。」(高橋三郎)この「わが神わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」この言葉を記しているのは、マルコとマタイだけであり、ルカとヨハネにはない。マルコ福音書が一番最初の書かれた福音書であったことは確実であり、マタイはそれを採用している。そしてマタイ福音書はユダヤ人キリスト者のために書かれた福音書であることを思うとき、旧約聖書の背景から説明していると考えられる。人類を代表して、罪人を代表してこの叫びを挙げたとも、従来解釈されてきた。

3.しかしマタイとマルコ福音書では、「神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた」と記している。更にマタイ福音書では「地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った」とも續けられている。また三つの福音書は、昼の12時から午後3時にいたる、真昼時、全地は暗くなり光を失った、とある。これは単なる自然現象として説明されるべき事柄ではなく、旧約聖書アモス書8章9節に「その日が来ると、わたしは真昼に太陽を沈ませ、白昼に大地を闇とする。・・どの腰にも荒布をまとわせ、どの頭の髪の毛もそり落とさせ、独り子をなくしたような悲しみを与え、その最期を苦悩に満ちた日とする」。まさに神の独り子をなくす悲しみがここに現されたということである。しかし、これは悲しみで終わるものではなく、新しい時代の、また新しい事態の幕開けとなる出来事となった。「イエス・キリストはカルヴァリの丘で十字架につけられた。そのカルヴァリの丘がダマスコ門の近くにあったとすれば、そこから2キロかなたの神殿の中では、午後3時に何が行われていたか。ちょうどその時、神殿の奥では大祭司の手によって、犠牲に捧げられ、燔祭が今しも一撃のもとに屠られて血を流す瞬間であった。その〔燔祭の小羊の〕血が流されようとする瞬間が午後3時です。なぜマタイ伝に「三時、三時」と二度も書いてあるのか、注意して読まなけばなりません。イエス・キリストはバプテスマのヨハネに「見よ、これぞ世の罪を除く神の小羊」(1・29)と言って紹介された。そのことが今、自分の全運命として全うされようとしている。その小羊の運命と同様に、自分も神の生きた燔祭として神の御前に全人類の罪を負い、十字架の上に屠られてゆくというはっきりとした自覚を、キリストは持っておられた。」(手島郁郎) 旧約聖書レビ記16章には、実際に聖所でどのようなことが行われていたかが記されている。「アロンは民の贖罪の献げ物のために雄山羊を屠り、その血を垂れ幕の奥に携え、先の雄牛の血の場合と同じように、贖いの座の上と前方に振りまく。」(レビ16・15)「アロンはこの生きている雄山羊の頭に両手を置いて、イスラエルの人々のすべての罪責と背きと罪とを告白し、これらすべてを雄山羊の頭に移し、人に引かせて荒れ野の奥へ追いやる。雄山羊はすべての罪責を背負って無人の地に行く。雄山羊は荒れ野に追いやられる。」(レビ16・21−22)。イエス・キリストは罪の贖いの燔祭の小羊となる。

4.イエス・キリストは既に「人の子は仕えられるためではなく、仕えるために、また多くの人の身代金として自分の命を捧げるために来た」(マタイ20・28)と語っていたし、最後の晩餐においては「イエスはパンを取り、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。取って食べなさい。これはわたしの体である。これは罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」(マタイ26・26−28)。命の贖い、命の赦しは命をもってしか全うできない。罪なき神の御子イエス・キリストの十字架の血によって、その肉が裂かれ血が流されたことによって、隔てられていた神という至聖所への道が切り開かれ、すべての人が神にみ前に出られるようになった。地震とはわれわれの全人格を震わす神の力である。それによって人間の精神が揺り動かされ、悪しき罪と死が切り裂かれ、新しい血(=命)が輸血のように降り注がれる。そういう信仰の世界が切り開かれた。岩のようなかたくなな我々の心が打ち砕かれて、そこにキリストの清き水で洗われる。キリストの血潮が降り注がれる。その結果罪のすべてが赦されて、わたしたち自身の中に生けるキリストが住んでくださる。キリストが一時的な滞在ではない。キリストが住んでくださり、わたしたち自身を神の宮としてくださる(一コリント三・16)。そのことが起こったとマタイ福音書は伝えている。
5.「あなたがたが贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、傷や汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです」(一ペトロ1・18−19)。 
 わたしたちは今週、主の御受難を覚えて、その恵みを心から感謝し、その恵みに答えていく一週間でありたい。